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2013年12月16日 (月)

私はアダルトチルドレン その3

まるで骨董品のような古臭い価値観を持った両親に、ひたすら「自分」というものを押さえつけられ、無理やり従わされ、反抗すらさせてもらえなかった。

ただでさえこのような親を持つと、子供は委縮し、自分を出せなくなり、相手の顔色ばかりをうかがうようになる。そして、自分に対して無価値感、罪悪感などが常につきまとうようになる。

そして、そこに創価学会が入ってくると、その複雑さは10倍、100倍にもなる。

「親の背中を見て育つ」とはよく言ったものだ。

創価学会員の親の背中を見て育てば、自分も自然と創価学会色に染まっていく。

世間一般の常識からたとえ外れていても、自分を取り巻く環境の中では、それが常識なのだ。

私は、小学校に入学する前から、勤行(昔は朝五座・夜三座の長いものだった)ができた。経本を見なくてもできた。そして、そのことについて、大人たちは褒めてくれた。

自分の意思で、やりたくてやっていたわけじゃない。

いつでも、やらされていた。

理由もわからず、とにかくいいからやりなさい、という理由でやらされていた。

そして、見渡す限り学会員の環境の中では、それがあたりまえだった。

毎月部員会に出るのはあたりまえ、月一回の座談会では何か発表をさせられ、よくわからないけど、池田大作氏がすごい人なのだった。

とにかく、理由はわからないけど、池田氏はすごい人で、人生の師匠で、創価学会は正しくて、大人たちは何をしているのかわからないけど、とにかく何か良いことをしているのだった。

「理由はわからないけど」、私たちも同じようにしなければいけなかった。

勤行・唱題をしなければいけなかった。

会合に出席し、創価学会バンザイをして、軍歌のような学会歌を歌い、池田氏の話や幹部の話をありがたそうに聞かなければいけなかった。

「やりたくない」とは言ってはいけなかった。

「どうして?」とは言ってはいけなかった。

・・・聞いたところで、まともな答え、明確な答えなど、返ってくるはずがなかったから。

なぜなら、「学会は正義、日蓮仏法は絶対」だから・・・。

明確な理由、誰もが納得のいく理由なんて、本当は活動家の誰も知らない。

なぜなら、上からそう言われ続けてきたから、彼らもそう思いこまされているに過ぎないからだ。

子供目線の純粋な疑問、質問は、とかく我が家のような妄信的な学会一家の中では、絶対にできないような雰囲気なのだった(父親があのような激しく上から目線でものを言うタイプなら、なおさら恐ろしくて反論できない・・・)。

そうして、結局はなじみのない難しい仏法用語でごちゃごちゃとかき混ぜられて、いつのまにか疑問はかき消されてしまうのが常だった。



両親が私に与えてくれたものは一体、なんだったのか・・・。

両親が、「普通の親としての立場」から、私にいったい何を与えてくれたのだろうか。

今思えば、私はほぼ「創価学会としての立場から」しか、両親から精神的なのものは与えられていないのではないか、とすら思うのだ。

極端な話にも感じるかもしれないが、どう思い返してみても、私が人生の岐路に立たされたとき、逆境に立ち向かわなければならないとき、そういった大事な場面で両親が私に言ったことなどを今考えてみても、どうしても創価学会の指導にしか感じられないのだ。

悲しいけれど、血の通った親がかけてくれる愛情の言葉は、ほとんど与えてもらえなかったように思うのだ。

だから私はいつも悲しいのだろう。

だから私はいつも寂しいのだろう。

本当は、幼い日から、ずっとずっと、親の愛情に飢えているのだろう。

もちろん、親は私を愛してくれてはいるだろうが、「創価学会的なものごとのとらえ方」で話をするのではなく、「両親のありのままの姿」で、言葉で、私にぶつかってきてほしかった。

なぜか、親子の間に創価学会が入り込んでくると、すべてが創価学会のフィルターを通してしか表現できなくなり、自らの思想はもちろん、愛情表現も、言葉も、すべてがそこで「創価学会からの借り物」に置き換わってしまう。

なぜか、心の距離がどんどん離れてしまう。

「ありのままの私」を、両親は認める、認めないにかかわらず、受け入れてくれたことはなかった。

だから孤独だった。

その孤独を振り払いたくて、愛されたくて、一生懸命だった。

本当の悲しみも寂しさも、心の奥底に押し込めて、ただひたすらいい子でいようと思った。

ひたすら相手の顔色ばかりうかがっているうちに、「私自身」の中身はからっぽのまま、大人になってしまった。

子供のころから親を通じて創価の思想をたたきこまれ、「私自身」というものは否定され続けてきた結果、こうして覚醒した今となっては、本当にからっぽになってしまったのだ。

私が自分の言葉だと思って話してきたことは、すべて創価からの借り物にすぎなかった。

自分の頭で考えて、自分の意見として物事を話すことをしてこなかったのだ。

親、そして創価学会にとって都合のいいことしか口から出てこないように、私の思考がプログラミングされてしまっていたのだ。

幼い日から、ずっと原因不明の苦しさ、悲しさを胸に秘め、人間関係が苦しくて、年齢が上がるほど苦しくて、どんどん追い詰められて、そしてその原因が、両親の古臭い時代錯誤な価値観と、創価学会の思想によってもたらされたものだと、ようやくわかったのだ。

35年間かけて、やっとたどりついたのだ。

現在、カウンセリングに通いながら、自分を再構築する作業を続けている。

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