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2013年12月13日 (金)

気づきのはじまり その1

今年は本当に私にとって激動の年、大きく人生を変えるどころか、新しく生まれ変わることを余儀なくされた年だった。

 

自分の人生について、この世で生きる意味について、幸福について・・・それらの価値(といっても、今にして思えば、それは創価学会からあたえられたものだったのだが)を根底から覆さなくては、もう生きていくことができないほどに追い詰められていた。

 

35年間という長い年月、私の人生のおそらく半分近くを占めるであろう年月を、苦悩と苦しみと悲しみだけで生きてきた。その理由もわからず、また、わかるはずもないと思い込み、あきらめ、そしてひたすら我慢し続け、それが私の人生なのだと思っていた。

 

もしも誰かに、「あなたにとって、人生とは何ですか?」と質問をされたのなら、私はこう答える。

 

「私にとって人生とは、ひたすら耐えること。我慢すること。歯を食いしばってでも耐えること。」

 

なんだ?これ・・・。

こんな寂しい人生って、あるだろうか・・・。

しかし、数か月前までの私には、これが真実だった。

 

生きることに希望を見いだせず、未来に希望を見いだせず、自分を取り巻く環境に嫌気がさし、自分が生きていることに嫌気がさし、本当に死んでしまいたかった。もっと早くに死んでしまえばよかった。20歳から4年近く鬱で苦しんだあのときに、死んでいればよかった。

 

ここまで私を追い詰めたものは一体何なのか。

 

結婚してからますます何かがひっかかる。

 

わからないけど、いつも「何か」がひっかかる。

 

嫌な感じ、苦しい、辛い、イライラする、本当は違うのに・・・という焦り。あらゆる負の感情。

 

 

 

ほんのささいなことが夫に言えず、反論できず、自分の気持ちを言えず、常に心の中は不満でいっぱいだった。

 

「どうして私だけが我慢しなきゃいけないの?どうしてこの人はわかってくれないの?」

 

そんなささいな感情が、結婚してから7年間、塵のように積り続け、ついに限界に達して、今年の5月の終わりごろ、気が付いたら子供を連れて実家に帰っていた。

 

 

 

あの時は、本当に何もかもが限界だった。

 

後先のことなど、何も考える余裕もなく、本当に気が付いたら実家にいた。

 

このとき、すでに自分のなかでは、実家は私の帰れる場所ではなかったが、小さな子供を連れて他に行く場所がなかった。当然、親には詳しくは何も語らなかった。

何故、両親に対して心を開かなかったのか、それは後ほどゆっくりと振り返ることにしよう。

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