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2013年12月13日 (金)

気づきのはじまり その2

一時的なストレスから解放された私は、とてもいい気分だった。

息苦しさから解放されて、とても清々しい気分だった。

 

けれども、そんな時間もすぐに終わってしまうこともわかっていた。

やはり、現実問題に向き合い、解決していかなければいけないこともわかっていたし、それを考えると憂鬱で苦しかった。

 

両親は、単純に私と夫との間で、夫婦間のトラブルがあったのだと思っていたようだ。

私も初めはそう思っていた。夫との価値観が違いすぎるのが、この苦しみの原因ではないか、そして、言いたいことを言えない私がいけないのではないか・・・と。

 

私にはたくさんの時間が必要だった。

 

私は孤独だった。

 

やはり、言いたいことを我慢しすぎて自分を追い詰めてしまったのかもしれない。それならば、どうにかして夫に自分の今までの気持ちを伝えなければ・・・。

おそらく、私の本心を話したら、夫は私にがっかりして、傷ついて、そして別れを選ぶかもしれない。

それでもよかった。

自分の本心を伝えることが、今の自分にできる精一杯の解決方法だった。

やはり、「我慢をする」ことに、もう自分自身がどうやっても耐えられないとわかっていたのだ。

 

そして、たった3歳の小さな娘が、必死で私に気を使っている様子に心が痛んだ。

私は、どうしても愛しいわが子を守りたかった。

 

この子にとっての幸せって、何だろう?

答えはわかっていた。

「家族3人で仲良く暮らすこと」なのだ。

 

私は完全に板挟みだった。

どうしても解決の糸口が見つからず、この夫婦間の溝をどうやって埋めたらいいのか、やっぱり私がまた何かを我慢するのか、感情を押し殺していくしかないのか、それとも、子供と二人で新たな人生を歩むという選択肢も視野に入れなければいけないのか・・・。

 

本当に苦しかった。

ひたすら苦しかった。

大声で「お願い!誰か助けて!」と叫びたかった。

 

解決策も浮かばないまま、ただひたすらぐるぐると思考は同じところを堂々巡りしていた。

 

誰かに助けてほしかった。

「大丈夫だよ」と言ってほしかった。

私の気持ちに寄り添ってくれる誰かが必要だった。

傷ついて、苦しくて、悲しくて、ボロボロになった私の心を、どうかお願いだから、受け止めてほしかった。

ただ優しく、受け止めてほしかった。

 

私には親友が一人もいない。

身近で頼れるのは、両親と妹しかいない。

 

両親に対する心の絆は、私の中では去年の5月に切れてしまっていた。

ある出来事をきっかけに・・・。

 

それでも、まだどこか諦めきれなくて、ほんのわずかな希望をすがるような思いで持っていたのかもしれない。

けれども、結局は無残にも、完膚なきまでに打ち砕かれてしまった。

 

 

「子供のことをもっと考えなさい。子供がかわいそう。」

 

そんなこと、言われなくても分かってる!!

わかってるからこそ、こんなに苦しいのに!!

今、「私」が苦しいのに!!

子供はかわいそうなのに、「私」はかわいそうじゃないの?苦しんでる「私」が悪いの?

親は、苦しんではいけないの?

「私」は一体何なの?

 

 

完全に孤独だった。

 

 

もう、この世では自分は生きていけないと思った。

私って、なんで生まれてきたんだろう。

ひたすら苦しみを繰り返すためだけに生まれてきたのだろうか。

誰にもこの孤独は理解してもらえないだろう。

もう、本当に生きる意味も、価値も、何もなかった。

ここまで「孤独」に打ちのめされたのは、生まれて初めてだった。

 

もう、本当に生きることをやめようと思った。

 

でも、できなかった。

わが子が愛おしかったから。

 

もう、生きる意味のないこの世界と、私を結びつける細い細い糸、唯一の糸がわが子だった。

 

 

地獄の底を這うような気持ちで、一日一日を過ごしていた。

ひたすら苦しかった。

何も生きる意味を見いだせず、それでも息をしていた。

わが子のために、呼吸をしていた。

 

そして、生まれて初めて、こんな疑問が頭の中をよぎった。

 

「私には、本当にこんな人生しかないのかな。もっと他の選択肢はないのかな。」

 

このたった一つの疑問が、私を覚醒へと導く大きな一歩となった。

 

「私はネガティブな人間です」という大前提の中でしか、今までは生きてこなかった。

他の選択肢を思いつくなんて、考えもしなかった。

それ以外の選択肢は、他の人には当てはまっても、私には関係がなかった。

「私はネガティブな人間です」ということ以外、自分には当てはまらなかった。

私は一生そのままでいるのだと思っていた。

疑うことすらしなかった。

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