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2014年1月27日 (月)

脱会!新しい人生へ

2014年1月22日、ついに脱会届を学会本部に提出した!

御本尊、お守り御本尊も同封し、配達証明付きで原田会長宛てに送った。

郵便局の窓口で、配達証明の宛名をひかえられたとき、非常に恥ずかしかった・・・。

『創価学会』と書いてある封筒を提出するのが、非常に恥ずかしかった。

けれども、この一回きりでこのような恥ずかしさとは永久におさらばだ。


ついにやった!私、よくやった!エライ!


脱会する意思は去年からすでに固まってはいたが、やはり実行に移すのには勇気がいった。

タイミングが難しいと思っていた。

去年覚醒し始めたころは、完全に両親に心を縛られていたため、「両親が悲しむだろう」という思いがあった。

しかし、カウンセリングに通い、幼少時代からの出来事が少しづつ明らかになってくるにつれ、私の中に押し込めていた本当の気持ちがどんどん溢れ出してきた。

36年分の思い・・・苦しみ、悲しみ、寂しさ、そして怒り・・・。

自分でも、こんなにたくさんの感情を抑え込んできたのかと驚くぐらいのいろんな感情が解放された。


私には反抗期がなかった。


反抗期まっさかりの兄を見て、それに頭を悩ませる両親の姿を見て、「あぁ、私が絶対に両親を守らなきゃ。この家を守らなきゃ・・・!」と、15、6歳の少女が決心してしまったのだ。

どうしたら親を喜ばせることができるか。

それが私の人生の目標になってしまった。

自分がやりたい勉強をするのも、やりたい職業につくのも、「自分のため」ではなくて、「両親を楽にさせてあげるため」だった。

純粋な親孝行の心とは、少し違っていた。

女子部時代に学会活動をがんばっていたのも、「私が頑張れば、母が周りから褒められるから」だった。

「あなたの娘さん、立派ね。偉いわね。これも母であるあなたががんばってきたからよ。」と、婦人部の人たちから言われ、嬉しそうな顔をしている母の姿が見たかったからだった。

私の中で、『創価学会』イコール『両親』になっていた。

だから、創価学会をやめる、イコール両親との決別ということになる。

はじめはそれが怖かった。

思春期に両親から精神的に独立するどころか、「わたしが守らなきゃ!」と、より結びつきを強めてしまったのだから、これは一筋縄ではいかない。


しかし、カウンセリングに通いながら、すこしづつ本来の自分を取り戻しはじめたら、「私は私の人生を生きてもいいんだ」という思いのほうが強くなってきた。

さらに、創価学会の真実の姿をだんだん知るようになるにつけ、ますます学会と決別したいという思いが強まった。

そこまでくると、もはや脱会の意思は強固なものとなっていた。

あとは一歩を踏み出すだけ・・・。

最終的に躊躇していた理由は、「両親から何を言われるかわからないのが怖い」のではなくて、「せっかく心が安定しはじめたところなのに、また不安定になっていしまわないかが不安」なのだった。

夫はそんな私に助け舟を出してくれた。

「でも、自分の意思は決まっているんでしょ?遅かれ早かれその時が来るのなら、今でもいいんじゃない?早くスッキリしたほうが、かえっていいかもしれないよ。」と言ってくれた。

この一言で私の意思は固まり、勇気の脱会に至ったのだった。


私にとって、脱会は両親への最大の反抗なのかもしれない。

さんざん私の人権を踏みにじってきた両親への、最大級の反抗だ。

今は、「私、よくやった!ついにやったね!」と、自分を褒めてあげたい気分だ。

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