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2014年1月28日 (火)

毒になる親 1

先日、脱会届を提出した際に、組織の人たちに宛てた手紙を書いた。

コピー用紙7枚におよぶ長文の手紙だ。

地元の組織に子供の頃から住んでいるので、少なからずつながりを持ってくださった方々に、自分の気持ちをきちんと説明しておきたかったのだ。

仏罰への恐怖に縛られて生きてきたこと、日蓮仏法の根幹(自分達の宗教が一番正しくて、それ以外は間違いというところから発する選民思想)自体が私には合わず、そのような思想を求めてもいないこと、生まれたときから創価学会の歪んだ思想を刷り込まれ、生きることは、学会二世三世にとってはこの上なく苦痛であることなどを書いた。

・・・活動家の幹部の方々が読んでも、全く理解できないであろうことは重々承知しながら、それでもこの思いを伝えずにはいられなかった。

日本中(世界中かも)で学会二世三世として苦しんでいる人たちの思いを代弁するつもりで、二週間近くかけて書いた。

支部婦人部長宅のポストに、脱会届のコピーと一緒に入れてきた。

組織の人たちに何と言われようが、どう思われようが、私の人生には関係ない。

国法を犯したわけでもなければ、反社会的な行動をしたわけでもない。

ただ、『私が私らしく生きるため』の選択をしたまでだ。




そして、その夜に、実家にも同じ手紙を持っていき、両親に突然、「今日、脱会届を出してきたから。」と伝えた。

ちょうど夕飯時で、父が晩酌をしていた。

私のその衝撃の一言に、父は「・・・・そうか。まぁ、お前の好きなようにしたらいい。」と言い、母も始めは驚いていたが、父と同じようなことを言った。

始めは手紙を置いてすぐに帰るつもりだったが、少し話し込んでしまった。

ガチガチに創価脳の両親のことだから、「勘当だ!もう家に来るな!」くらい言うんだろうなーと思っていたから、始めは少し拍子抜けしてしまった。

だが、口では「もう大人なんだから、自分の好きなようにすればいい」と言いながら、心では全くそう思っていないな、ということが、私には感じ取れた。


まぁ、事後報告で「脱会した」といきなり言われれば、両親が動揺しまくりなのも無理はないが・・・。


しかし何よりも腹立たしいのが、この後におよんで、また父が呪いの『罰論』を持ち出してきたことだ。

「さぁ、お前もこれから大変な人生を歩むことになるんだ。今にそうなっていくに決まっているんだ。」と、つまりは「お前は大罪を犯したんだ。これからものすごい罰を受けるんだぞ!」という脅し文句だ・・・。

普通の親ならこういうとき、「お前は自分の選択をしたのなら、その生き方で幸せになりなさい。」とか「どんな選択をしてもがんばりなさい。」とかいう言葉をかけるものではないだろうか?

そのような、娘の幸せを祈るようなことを口にすることは一切なく、それどころか、「罰をうけるぞ!」と脅してきたのだ!

他人に対して、このような「仏罰を受けるよ!」「宿業が出るよ!」「ろくな死に方しないよ!」などという呪いの言葉を平気で言える神経がどうかしているのだ、ということが言いたいのだ、私は。

ましてや、他人ではなく愛すべき自分の娘に対してなのだから、この父親は本当に頭がおかしいのではないのか・・・。



けれども、このようなことは、子供のころからたびたびあった。



父親から、私の人権を踏みにじられ、叩き潰され、脅しの罰論で恐怖をあおられてきた。

何もわからない小さな子供のころから、日常生活の中でたびたび「お前は非力で、無力で、何もできない人間だ。お前の判断は間違っている。俺の判断のほうがいつでも正しい。俺の言うことに逆らうな。女は学問なんか必要ない。生意気になるだけだ。無学でいろ。男に尽くすことを心がけていけばいいんだ。」という、激しく人権を蹂躙したメッセージを父親から受け取ってきた。


これは、どう考えても、精神的虐待である!

絶対に許すべからざる虐待である!


私が「私」という一人の人間としてこの世に存在すること、価値のある人間であるということ、そういったことは、ただの一度も両親そろって認めてくれたことはなかった。

いつでも親の所有物であるかのように扱われ、私たち子供の意見は全く聞き入れず、尊重せず、一方的に親の言い分だけを押し付けられてきた。



私は、自分がこの世に存在する理由がわからなかった。



私は彼らにとって、一体どんな存在なのか、彼らは私をどうしたいと思っていたのか、全くわからなかった。

私は、子供の頃から生きる意味を見いだせず、不安で、混乱して、苦しくて、怖くて、そんな思いを抱えながら成長した。

いつも心の居場所がなく、何を信じたらいいのかわからず、ぐらぐらと不安定な状態で日々を送らねばならなかった。


だが、両親はそんな私の内面に、目を向けてくれたことは一度もなかった。


それどころか、「お前の宿業だ」「お前の心が弱いからいけないんだ」「信心で弱い命を切り捨てるんだ」と、ひたすら私を責めて追い込んだ。


人生の大事な場面で、両親が私の心に寄り添ってくれたことは、ただの一度もなかった。


「この子はどう思っているのか」「どんなふうに苦しいのか」と、私の心の声に耳を澄ませて、思いを馳せることなど、ただの一度もなかった・・・。




弱い命って、なんだよ??バカにするな!勝手なこと言うな!

死にたい気持ちがどんなものか、お前らにわかるものか!

ふざけるな!!お前らの責任だ!!!!


先週のカウンセリングで、初めてわたしの中に押し込めていた、「怒り」の感情が爆発した。



父親から与えられてきたもの、それは『屈辱感』だった。



愛情でもなければ、安心感でもなく、父と対面したときには、ひたすら屈辱感を味わわされてきたのだ!

鼻持ちならない傲慢さで私の人権を踏みにじってきたこの父親の前に、ひざまずかされ、屈服させられ、やり場のない怒り、猛烈な怒りを内側に秘めて、ひたすらこの屈辱感に耐えるしかなかったのだ。

このような気持ちを、子供のころから執拗に、何度も何度も味わわされてきたのだ。



『屈辱感』を子供に与える親。

これが毒親でなくして、なんだというのか。

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