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2014年2月 5日 (水)

毒になる親 2

『精神的虐待(心理的虐待)』・・・・著しい心理的な傷を与える行動を行うこと。

◎言葉によるいじめ・虐待

怒鳴り散らすこと、叫ぶこと、悪口を言うこと、からかうこと、馬鹿にする、皮肉を言う、他の家族が言葉による虐待を受けているのを見る

◎社会的いじめ・虐待

子どもを他者から引き離しておくこと、友達を遊びに来させなかったり、友達の家に遊びに行かせなかったりすること
家庭環境や親の態度が恥ずかしいので友達を家に呼べないという間接的な場合も

◎育児放棄、無視

子どもの世話をしないこと
愛情を表現したり、適切な導きを与えないこと
(食べ物、衣服、住まい、医療を受けさせること、適切なスキンシップにより子どもを落ち着かせたり可愛がること、子どもを元気づけたり、子どもと過ごす時間を取ったり、注意を向けたり、しつけたりといったことを与えないこと)

◎知的いじめ・虐待

馬鹿だとか、お前なんかに絶対にできるはずがないなどと言うこと
子どもが自分で考える力を応援したり、育てるサポートをしないこと

◎精神的いじめ・虐待

親が言うことが絶対に正しいというような頑なな態度で子どもに接すること
子どもは自分の欲求や望みを持つことが許されないのだと思うようになるし、 親が何を望んでいるかを最優先で考えるようになる。

◎宗教や社会的権威に対する依存

宗教や先生等の権威者を使って子どもを脅したりコントロールすることで、子どもに選択肢がないと思わせること
これは「神」や権威者に対する疑いや恐怖を植えつけることになる。

◎家庭内の環境

家庭内に全く融通の利かない規則がある(暗黙の場合が多い)、少ししか、もしくは全くコミュニケーションがない、高い緊張感、口論、無言による非難、「感じるな、話すな、信じるな」というメッセージが家庭に浸透している


このように育てられた子どもたちは、家庭や学校でどのようにすればこれ以上傷つかないでいられるのか子どもながらに学んでいきます。
そしてその技術は大人になるにつれてどんどん進化していくのです。


また、自分が子育てをすることになると不安を感じる人も多いものです。
しかし、自分がどうしてこのようになったのかの理由を知り、健全な子育ての方法や愛情表現を学び、周りのサポートを得られるようになれば、このような状況を改善することは可能です。



『大人になって表れる病気、身体的不調など』

小さい頃に、自分のせいではないのに不当に扱われた怒りと悲しみは本人は意識していなくても、身体の中に蓄積しています。
そして抑え込まれたそれらは、身体的症状となって表れます。


◎うつ病

軽い症状から、身体が動かせなくなる重い症状まで様々です。

◎肥満、拒食

辛いことがあると食べ物に逃げる、もしくは食べることを拒否する

◎慢性的な頭痛、肩こり、背中の緊張、腰痛、腸の不調など


最初は軽い症状だったこれらは対処されずに放置されると、なかなか治しがたい難病や、さらに重い病気という形で表れたりすることも多いようです。




『精神的虐待を行うのはどんな人か?』

心が不健康な方々です。例えば…


●何事においても自分の都合を最優先するが、それもすべて子供の為だと言う。

●親は絶対で、子供は親の言う通りにするべきだと思っている

●自分と考えが違うことは、自分に対する個人的な攻撃と受け止めてしまう。

●子供の「非力さ」と親に対する「依存度」を大きくさせることで、自分の立場を守ろうとする。
ものごとを必要以上に難しく教えておきながら、「お前には無理だ」と言ったり…。

●子供がしたいことをすると自分が置いてけぼりにされたような気がして、子供を「自分勝手だ。」と責めることでコントロールする。

●自分と子供との間の境界線がない。どこまでが自分でどこからが子供なのか分からなくなっている。子供の人生は自分の人生の延長にすぎないと思っている


こんな感じです。

つまり、子供は絶対的に自分の言うことを聞くべきだ、私の一部なんだからという感じです。
子供が違う意見を言うとひどく傷つき、心のバランスを欠きます。


実は、とっても傷つきやすい方々です。


だからといって、子供を自分の気持ちを慰めるための道具として使っていいとは思いませんが、 実は子供の機嫌に自分の気持ちが左右されやすい、人からの評価を非常に気にするタイプです。

本当は子供のことをとても愛しているけれどその表現方法を知らない、もしくは愛情とはどういうものなのか混乱した思考を信じている方々ではないかと思います。




以上、サイト「ほっとひといき こころとからだのほけんしつ  ~どんな親や家族が精神的虐待を行うのか?」より拝借いたしました。





・・・・・これは、まさに私自身と父親の姿そのままではないか!!

正直なところ、適切な愛情をそそいでくれなかった母親も、父親と同罪だと思う。

私が父にひどく罵られているときに、近くにいるのにもかかわらず、全く助けてくれなかったばかりか、父に同調していた。

「お父さんがそう言ってるんだから、そうなのよ。お母さんもそう思う。」といった雰囲気で、いつも私の心をないがしろにしてきた。

私がどれだけ傷つき、怒り、苦しい思いを抱えているかなど、全く考えもせずに・・・。

百歩譲って、父のいるその場で私をフォローしてくれなかったとしても、あとから私を慰めてくれたり励ましてくれる言葉でもかけてくれていたのなら、私も少しは救われたのだが・・・。

それどころか、後になっても、やはり母はいつも父にすり寄った意見を一方的に言うだけ、もしくは「題目あげなさい」しか言わなかった。


結局、両親そろって私を精神的に追い込んできたことは間違いない。


どちらも許されざる罪を犯してきたのだ。


一人の人間、ましてや自分達の子供の未来をその手で奪ってきたのだ。


私は、精神的虐待は、殺人罪と同等の罪の重さだと思っている。

殺人は言葉のとおり、直接他人の命を奪う許されざる行為だが、精神的虐待を受けて育った子供は、「生きる気力」「人間の尊厳」「人権」を奪われる。


つまり、精神的に殺されるのだ!!


しかも、親はよかれと思ってやっている・・・と思い込んでいるから、全く罪の意識がない。己の正当性のみを信じ、主張し続けるだろう。

殺人の罪を犯した本人なら、「殺人、人の命を直接奪う」ということの意味と罪悪感は、普通の神経の持ち主ならば感じるものだろう。

だが、精神的虐待を行ってきた者たちには、「他人の人生を奪った」という感覚も意識も、一生わからないままかもしれない。


所詮、人間は他人の心の痛みなど、「他人ごと」に過ぎないのだから・・・。


精神的虐待は、傷を負わされ続けてきた本人にしかわからないのだから、非常にやっかいだ・・・・。





私は、心が傷つき、疲れ果て、失ってしまった36年間をもう取り戻すことはできない。

ひたすら毎日が重苦しくて不安で、生きる意味もないままに過ぎてきた時間を、巻き戻すことはできない。

もしかしたら、STAP細胞を発見した小保方晴子さんのように、研究者としてキラキラ輝く人生が、私にもあったかもしれないのに・・・・

私には、そんな夢がかつてはあったのに・・・・

彼女をテレビで見ると、そんな思いに苦しくなって、胸が締め付けられて、涙が止まらなくなった。

ずっと泣き続けてしまった。


今の自分の姿が、あまりにもみじめで、悲しすぎて・・・。



カウンセリングに通いながら、少しづつ見えてきた自分と両親との関係。

温かな心の絆を育むことのできなかった、幼少時代から今までの人間関係のすべて。

私がこんなに孤独で悲しい人生を送らなければならなかったのは、一つも「私自身」のせいじゃなかった。

全て、「親の責任」だ。

責任転嫁をしているんじゃない。これは事実なのだ。

右も左も分からない幼子には、何の罪もなかった。

本来なら、分別のある大人がとるべき責任だった。

その代償を、私が背負わなければならなかったのだ。

徹底して「私」という人間の自尊心を破壊し続けた父親に対する激しい怒りは、おそらく一生消えることはないのではないか、と思う今日このごろ。

どういった形でこの親子の関係に結論を出すのか、それはまだまだ先の話になりそうだ。

なによりも、私自身の心の回復が最優先だ。

日々、心の痛みと向き合いながら、毎日を過ごしている。

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